PGT-Aのバイオプシー(細胞生検)で胚盤胞が受けるストレスは?
こんにちは、培養室です。
あっという間に年末です。月日の早さに恐れおののきながら、今日は「移植した後にPGT-Aしてみた」というびっくり論文をご紹介します。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
💡 今回紹介する研究とは違った切り口の論文を当院院長が紹介したコラムも、あわせてご覧ください。
「過去に未検査で凍結した胚盤胞を融解してPGT-Aしたい」、「DNA解析がうまくいかなかったから、もう一度PGT-Aにトライしてほしい」など、「……でも、それって大丈夫?」という疑問を様々な方法で調べたものです。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
A multicenter, prospective, blinded, nonselection study evaluating the predictive value of an aneuploid diagnosis using a targeted next-generation sequencing–based preimplantation genetic testing for aneuploidy assay and impact of biopsy
対象:2014年1月〜2015年12月のART初回等条件を満たした18〜44歳の女性。移植に至ったのは402名、484周期であり、全て単一胚移植で実施された。
方法:研究に参加した4つの施設で採卵周期に胚盤胞培養、凍結する胚盤胞全てに対してバイオプシーを実施。ゲノム解析はどの施設からも独立した外部の1施設で行われた。
移植後、妊娠の転帰(妊娠継続13週以上もしくは妊娠不成立、12週までの流産)が明らかになってからPGT-Aを実施した。患者には妊娠13週以降、もしくは2回以上の妊娠不成立・流産が確認された時点で、全ての胚のPGT-A結果が開示された。
・2110個の胚盤胞の解析結果(解析できなかったものも含め)は下記表の通り。
正倍数性 | 異数性 | 全染色体モザイク | 微細欠失・重複 | 解析できず |
60.2% | 24.6% | 3.5% | 8.8% | 2.8% |
1271症例 | 520症例 | 74症例 | 186症例 | 59症例 |
・移植した胚が正倍数性か異数性によって、妊娠継続率に大きな差が見られた。
胚の診断結果 | 妊娠継続もしくは出生に至った割合 |
正倍数性 | 64.7%(202/312症例) |
異数性 | 0%(0/102症例) |
・同じ年齢層のバイオプシー未実施のグループと比較した場合に、妊娠継続率は47.9%vs45.8%となり有意な差は見られなかった。
※※※
年齢が上がるごとに異数性の割合が増えることが知られるようになって随分経ちました。
今回の研究で正倍数性の胚盤胞が全体の6割を占めた理由は、この研究に参加した女性の45.5%が35歳未満だったからだと考えられます。実際に35歳未満の群では正倍数性の胚が77%、41歳以上の群では30.4%という結果が出ており、年齢による変化が如実に表れています。
その点で、PGT-Aによって異数性の胚を移植の対象から除外、もしくは移植する順番を変更できるメリットは非常に大きいように聞こえます。反面、PGT-Aの結果に従い、正倍数性の胚を戻したとしても妊娠率や出生率は100%には届きません。また、PGT-Aのためのバイオプシーを行ったことにより胚へ深刻なダメージが加わるのではないかという疑念は避けられません。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
💡 実際のバイオプシー操作の様子はこちら
栄養外胚葉と呼ばれる細胞の一部を回収してPGT-Aを行ないます。動画に見られるように、なかなか物理力に任せた方法であるので、ぎょっとする方もおられるかもしれません。
細胞をインジェクションピペット(動画右の細いガラス管)で吸引して引きちぎる方法、レーザーを照射する方法、それらを複合した方法……等々、いかに細胞に対してストレスなく、PGT-Aに必要な細胞を採取できるか、各々の施設で工夫が凝らされています。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
今回の研究の珍しいところは、通常「PGT-A検査の結果をもとに移植を行う」ところを、「移植の結果がある程度が分かった後に、後追いでPGT-Aを行なった」点です。
また、様々なバイアスの影響を受けやすいPGT-Aを研究するために、非常に細かな条件設定がなされていました。ただその結果、研究対象の患者年齢がかなり若い集団になってしまっているなどの影響は回避できていません。
1回目、2回目に選ばれるような胚の中にも異数性の胚はあり、着床には至っています。しかし、特に今回の論文では顕著な結果が出ており、正倍数性胚の移植では64.7%の方が妊娠継続・出産に至っているなかで、異数性胚の移植では0%でした。
このほか、バイオプシーを実施したこの論文の参加者と、同じ年齢層でバイオプシー未実施の集団の移植成績では、妊娠継続率に差は見られず、バイオプシーによる胚へのダメージは今回の実験では見られませんでした。今回の論文では、十分な説明(カウンセリング)を受けた方に対するPGT-Aの安全性と有益性が見込めると書かれています。特に国内では、まだまだ取り扱い審議中のPGT-Aですが、良い意見、悪い意見の両方をよく見て、その是非を見守りたいと思います。
2024年の培養室のコラム更新は今回で最後になります。
来年も皆様のお役に立てるように、培養室一同励んでまいります。
少し早いですが、みなさまどうぞ良い年の瀬をお過ごしください。